プロフィール profile

出晃 ( IDE Akira )

旅人。

1970年
東京都に生まれる。東京の水を飲んで育つ。

1980年頃
IDDMを発症して、初めて親元を離れて長期療養する。
そんなこともあってか自我が形成され始め、世間というものを知るようになる。
世はまさにテクノブームの頃だった。自分もその流行を追った。
このころ以降、列車に乗って日本各地を訪ね、知らない場所を散策するようになる。

1990年頃
初めて大陸に一歩を刻む。その際に北京も初訪問する。
その頃は、冷戦体制の崩壊などで世界が大きく変わる真最中であった。
それに呼応するように、「東」にシンパシーを感じていた自分の思考も動揺する。
京都の大学に入学して探検部に所属して活動するようになる。
以降、ユーラシアを中心に世界各地に足跡を記すことになる。
そして、さまざまな人たちと草の根の交流を始める。

2000年頃
「文化」という名を持つモンゴル族の琵琶演奏家と結婚する。北京に転居。
そろそろ定職に就こうかと考えて、34歳にして初めて月給をもらう身分となる。
中華人民共和国の政府系某研究機関に在籍して働く。
世紀の節目から、また世界に不穏な動きが見られるようになり心苦しくなる。

2010年頃
離婚を機に一人息子ともども日本に帰国する。
現在、シングルファーザーを営みつつ、将来について考えているところ。

これまでは「京」という字のつく処ばかりに住んできた。
さて次は、どこに行きましょう?

2017年8月、突然にも北の最果ての稚内に職を得て単身北上することに。

これからも旅は続く。

特技:鏡像文字を書くこと。注射の早打ち。

座右の銘:

「君と世界の戦いでは世界に支援せよ」(F・カフカ)

「僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない」(ポール・ニザン)

「誰よりも民衆を愛した君は 誰よりも民衆を軽蔑した君だ。」(芥川龍之介)

「とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも・・・神様みたいないい子でした」(太宰治)

「いつまで一生をうぬぼれておれよう、 有る無しの論議になどふけっておれよう?酒を飲め、こう悲しみの多い人生は 眠るか酔うかしてすごしたがよかろう!」(オマル・ハイヤーム)

 

 

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